
「なぜ、八乙女山と言うんですか?」と、よく聞かれます。
乙女の悲しい伝説でもあるのか。と思われがちですが
名前の由来については、はっきりしたものがありません。
戦国時代には、すでに「八乙女城」があり
長野八乙女城主加藤飛騨守藤原敏虎という武将がいたとも
伝えられています。
また、阿部貞任と源義家が戦った古戦場でもあります。
これが前九年の役でございます。
貞任が八乙女山、義家が川向こうの八幡神社に陣をとり
戦ったとされています。
今も、八乙女山には、戦いの跡が残されています。
桜を見ながら、ひととき、古の風に吹かれるのも一興かと
思います。
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